5月の神話を巡る旅の2日めは道の駅アラエッサ安来でお目覚め。
30分走ってまず向かったのが伯耆富士の大山(ダイセン)登山口。大山も出雲神話の国引き神話で出てくる山。古くから信仰の山で大神岳(オオカミのたけ)と呼ばれていたらしい。とは言っても毎年2回は登ってる山なんだけどね。何回も登ってるんだけど山頂が快晴の時はほとんどなかったりと。下界は天気良くても山頂に雲がかかって景色が見えないことが多いんだよね。だけどこの日は登る前に見上げると山頂までクッキリと見えるからテンションが上がる。

しかしいつもの階段地獄↓

階段地獄を過ぎて下界を見下ろすとiPhoneの写真じゃわからないけど、弓ヶ浜までクッキリと見えてサイコー

山頂台地は登山者が自然の植生を踏み荒らさないように木道の上だけ通るシステム⇩
てか、コレは天国へ伸びる一本道ですか?

下山は下界の絶景を堪能しながらだから、足元に目がいかなくて何度もつまづきそうになったりと

そして、この大山を御神体とする大神山(オオカミヤマ)神社で参拝↓

イニシエからの山を堪能してから40分ほど走って次に向かったのが和鋼博物館↓310円

和鋼とは、日本古来の鉄の製法であるタタラ製鉄の事だとか。鉄は出雲神話の世界には離せないモノ。神話の旅だからタタラ製鉄の歴史を学びに。この地方に砂鉄が多く取れたことから砂鉄から純度の高い鋼(ハガネ)を精製するのがタタラ製鉄だとか。江戸時代はココで精製された鋼が松前船で各地に運ばれて刀鍛冶が日本刀や包丁に加工したとかで、タタラ製鉄で作る鋼の品質は明治以降に欧米から入ってきた西洋高炉では再現できないほどのモノらしい。日本刀はタタラ製鉄の技術があって初めて作れたモノだとか、、なるほどお勉強になりました。
次に40分ほど走って月山富田城へ。ココは神話とはカンケーないけど、、
まずは歴女が大好きな山中鹿之介の像にご挨拶↓

月山富田城は山陰を支配してた尼子氏の居城だった難攻不落の山城。毛利元就が中国地方制覇の総仕上げに攻略した城で、毛利時代は吉川広家の居城、日本5大山城と言うだけあって、なかなかの要害↓登るのも大変だったよ。

月山富田城の次に向かったのが40分ほど走って山登りと城登りで汗かいたからスッキリするために玉造温泉へ。600円。玉造温泉は最古の温泉として出雲神話で国作りの神々が入った湯として登場してる。

ゆっくり入って美人になったような気がしたりと。
温泉入った後にはせっかくだから玉造湯神社におまいりして、35分ほど走って今夜のお宿へ向かおうとした時に、トレッキングシューズが無いのに気がついた。車の中を隅々まで探したけど見つからない。
前の月山富田城ではトレッキングシューズを履いて登城した後に車に戻った時に楽なスポーツサンダルに履き替えた時に車に乗せ忘れたとしか思えない。
で、急いで月山富田城の駐車場に40分かけて戻ったけど、、無い。
誰か見つけた人がどこかに届けたのかもと思って、安来市の観光センターへ電話したけどわからないと。で観光センターのお姉さんに近くの交番を教えてもらって行ってみてお巡りさんに聞いたけど届いてないと。遺失物届を出すことは可能だけどどうするかと言われたけど面倒なことを言い始めたから退散。もう一度、月山富田城の駐車場に戻って探したけどやはり無い。
この度は登山旅だからトレッキングシューズが無くなると何にも出来なくなるから必死な私。
月山富田城駐車場の隣で畑仕事してる女性がいたから藁をも掴むつもりで聞いたけど、やはりわからないと。旦那さんも呼んで探してもらったケドないから、親切に翌日になったら施設に聞いてあげるよと言ってくれて電話番号交換。しかし施設は翌日は定休日だから2日後以降だとか、、
トレッキングシューズが無くなるとこの旅は詰んでしまった感じ。山に行かずに観光だけしようとも思ったけどそれじゃココロが乗らない、、Googleマップ先生に聞いたら自宅まで3時間ほどいうから旅の終了へ。後3日間ほど山陰を徘徊してアチコチ行く予定だったけど、、出雲の神様からのココでやめておけというお達しだったらしい、もしかしたら旅を続けたら事故とかにあってたのかもしれないし。
というわけで3時間休憩無しに走って帰宅して夜9時過ぎに自宅に到着してお酒タイム
一泊だけの尻切れトンボな旅だったケド、まぁ事故がなかったからヨシとするかと。


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