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本当のサステナブルな生活を目指そうとしたら逮捕されると思う。

日曜の今日も曇り時々晴れとか。

てか、朝から暑い。湿度高いし暑いしで朝から喧嘩売ってんのか?的な天気。

とりあえず明日は雨らしいから今日も山遊びしないと明日後悔しそうだから、、お山へ

いやー汗が噴き出るし心臓がバクバクとうるさいから休み休み山登り。

途中でおじさんがへばってたりしたけど、まぁ死にそうな感じでなかったんで、ほったらかしにして山頂へ。

お昼ご飯のおむすび食べてのんびり。なんか海を眺めてたら時を忘れて1時間以上もボケーっと。しかし山の中は鳥の鳴き声でうるさいよなぁ。そろそろ野鳥を捕まえるテクニックを身につけたら、この物価高で毎日焼き鳥が食べれるかと思ったりしながらも、鳥を獲っても捌く技量も勇気もないんだよね。

山だと鹿やイノシシとかよく出会うんだよね。その気になったら撮れると思うんだけど、、さばけないんだよなぁ。

縄文時代の人だったらそんなスキルは必須で持ってなかったら生きられなかったんだろうけど、今は処理されてパックに入ってないと食べられないんだよね。

野菜だってスーパーで売ってないと食べたくないしね。山に行くと山菜やキノコなんかがたくさんできてるけど、食べれるかどうかはわからないから、食べる勇気は無しだよ。

たぶん、葉っぱ系は食べれそうな気がするけどニラにそっくりなスイレンは毒で間違って食べて死んだりしてるしね。キノコなんか特に無理だし。

サバイバル生活は今の人間には無理なんじゃないかな?知識として食べれるもの食べれないものというのは江戸時代や明治大正くらいまでは残っていたんだろうけど、昭和の戦後になってからは失われた知識となってるんだろうなぁ。

今の人間は生きるための知識というのが欠如してて、生きるのに無用なデジタル知識が有れば死なないと思ってるんだと思うよ。私もそう。わからないことはググれば良いだけだという認識。

だけど、デジタルテロとか太陽パルスとかあればデジタル機器は一気に使えなくなるとも言われてるしね。

知識はデジタルでは意味がないのかと。

縄文時代は1万5千年続いたけど、弥生時代から現代まではたったの2000年程度。まだ縄文時代の1/7以下の期間しか経ってないのに、縄文の1万5千年で積み立てた生きる知識を放棄してしまってよかったんだろうか?

サステナブルな生活とはなんだろうか?言葉だけの商売の道具としてのサステナブルという言葉でしかないんだよね。

次から山に入る時は手作りの槍と弓を持って入ろうかな?

銃刀法だけでなくどうぶつ愛護法とか、はたまた誰も知らないマニアックな法令で逮捕されそうな気がするけど、、

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