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秋旅5日目は歴史を作った出世の地へ

秋の車中泊の旅5日目は昨日と同じ道の駅木曽福島でお目覚め。

出発した火曜は朝鮮半島へ抜ける予報だったのに台風が進路を変えて近づいているとかで、帰宅モードに入ったんだよね。本当なら諏訪大社からさらに南へ転進して甲府を抜けて駿府へ出る予定だったんだけど。。台風には勝てないよね。

ということで諏訪から引き返すモードで木曽路を西へ。

木曽福島から2時間半走って尾張の小牧山城へ。ここは織田信長が岐阜を攻略するために清洲から移った城。

↓なんか今日9月17日の夕方からお祭りをするらしくてステージや出店の設営中だったけど、台風の影響は大丈夫かなと心配になったり。。

小牧城公園は市立の資料館が2つあってふもとに小牧山情報資料館↓

山頂に小牧歴史館↓

小牧山城は信長が初めて築城した城で信長がここを拠点に岐阜の攻略に成功したことと、秀吉と家康が戦った場所で、家康が秀吉に戦で優勢勝ちしたことでその後の家康への遠慮が秀吉から消えずに、それが家康の天下取りのキッカケだったとかで、出世のキッカケを作った縁起の良い城だという売り出しのようで(笑)

資料館もしっかりと楽しめたし、とても良いお城だったよ。

次に向かったのが清洲城。

清洲城は秀吉の天下取りを決めた清洲会議の行われた場所。ここも出世を決めた場所だね。

映画の清洲会議では天守に登ったシーンとかあったけど、清洲会議当時は天守はなかったんじゃないかな?清洲城天守は清洲会議後に織田信孝が城主となって作ったようだし。

江戸時代に入って尾張徳川家が名古屋城を天下普請で整備して、清洲城を城下町ごと名古屋へ移転して廃城されたとか。

尾張には歴史の舞台となった城が多いから歴史好きにはたまらないよ(笑)

清洲城を後にして帰宅モードに。帰宅ルートは伊賀越えをすることに。

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