一億総奴隷社会になってきてるんじゃないの?

木曜の昨日は薄曇りだけど三寒四温の温の領域に入ったようで暖かい日。

いつものようにお山へ。

そろそろ暖かくなってきたから膝を痛めないように予防的に膝のサポーターをガチガチに巻いてたのを緩めていこうかと、いつもは二重にサポーターを巻いていたのを一つだけに。

膝は一度痛めると痛みはなかなか取れないからね。去年は普通に歩くのも痛くなってしまってたので、今年は念入りに少しでも違和感を感じたら膝を完全ホールドしてたんだよね。そのおかげか、登山テクニックが身についてきて膝に負担をかけない歩き方ができるようになってきたのか、、どっちか知らないけど、今年の冬シーズンは膝を痛めることなく山遊びができたんだよね。予防対策は大事だと改めて認識。

だけど、いつもガチガチに膝をサポートしてたら膝の筋肉が鍛えられないような気がするので、そろそろサポーターを減らしてって膝の筋トレをしなきゃと。しかし、石器時代とか縄文時代とか、いや、昭和初期までの人類誕生から10万年間は人間はどこへ行くのも徒歩が当たり前だったし、昔の街道なんかは山越えとか当たり前だったんで、本来の人間の機能としては膝は強く作られているはずなのに、なぜにこんなに弱いのかと思うんだよね。

やはりちょっと前に書いたように人間の耐用年数は50年として神様は設計されてるんだろうなぁと。50年過ぎたら部品が耐用年数を超えてくるんだろうなぁということなんだろうと。中でも使用率の高い駆動部は弱いんだいうことなんだろうなぁ。

明治時代までは50歳で隠居が当たり前。平安時代だと40歳で隠居してたしね。

ハッキリ言って、70歳まで80歳まで当たり前に働けという社会は異常だと誰も言わないのが不思議だよ。昔は当たり前だった専業主婦が勝組だけしかできないと言われるようになってきたけど、縁側でお茶でもすすりながら日向ぼっこするジジババも勝組なんだろうなぁと。

アメリカみたいにセラピー通って抗うつ剤を飲まないと社会生活できないとという時代ってなんなんだよと思うんだよね。

それからしたら40代真ん中から貧乏生活だけど働かずにしたいことだけしていけてる私。貧乏生活と言っても平均的な年金程度の予算は使えてるからね。

金よりも自由を選んだだけなんだけどね。

天涯孤独だから金を残しても仕方ないから。

 

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