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瞑想と妄想の違いは?

木曜の今日は雲一つない秋晴れ。だけど私は体を休めるためにということで引きこもりの読書の日

本の世界の住民になり始めてきたんで、だんだんと現実と空想や妄想の垣根が低くなってきてるのを感じ始めてる。

宗教なんかで山の中に何年も籠って修行するとかいうけど、あれって瞑想をして悟りを開くってことだよね?

たしか瞑想って無心になることだったともう。前に曹洞宗のお寺で座禅会に参加して事あったんだけど、その時に言われたのが座禅とは無になるってことで、いろんなことを考えちゃダメなんだとか。邪念を払うということだからそうなんだろうね。

滝修行なんかも寒い中で滝に打たれても無心でいられるようにという修行なんだろうと思う。だけど、滝行をやってる人を見たら、寒さに震えながらやってるんだけど、それって修行の意味が全くなくて、パフォーマンスとかいう意味合いだけなんじゃないか?と思うんだよね。

てか、考えてみたら無心になって瞑想して悟りが開けるっていう意味がわからん。静かにいろんな問題点とかを整理してじっくりと考えてたら、物事の神髄とかが見えてきて悟りが開けたというんだったらわからなくもないけど、無心である瞑想をしてたら悟りが開けるって、ただぼーっとしてたらいろんなことがわかったということだよね?

違うのか?

そんなしょうもないことばかり妄想してる私は、悟りを開けることはないだろうなぁ(笑)

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